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岡山家庭裁判所玉島出張所 平成4年(家)82号 審判

申立人 X

相手方 Y

主文

相手方は申立人に対し金84、000円を即時支払え。

相手方は申立人に対し、

平成4年9月から婚姻解消または同居に至るまで毎月末日に限り金47,000円を支払え。

理由

1  申立ての趣旨

相手方は申立人に対し、婚姻費用分担金として毎月金80,000円を支払え。

2  当裁判所の判断

(1)  本件記録によると次の事実が認められる。

〈1〉  婚姻生活の概況については、別表1のとおりである。

〈2〉  婚姻と最初の別居

申立人と相手方は、昭和56年6月1日婚姻し、姫路市○○○×××-×○○アパートで所帯を持った。

その後は申立人の母に月3万円、相手方の母に月3万円を各送金をするなど、平穏な婚姻生活であった。

しかし、申立人が妊娠し、実家で出産するため(双方合意の上で)昭和58年春、申立人が笠岡市の実家に帰り、同年○月○日、長男Aが出生し、翌59年春まで1年間、夫婦は別居となった。この間、相手方も時々笠岡に帰り、申立人や長男に会っていた。

〈3〉  二度目の別居(現在に至る)

昭和59年春、申立人と長男が姫路市○○○のアパートに帰り、親子3人の生活になった。ところが1年半後の昭和60年秋、再び別居となって現在に至っている。別居の理由は申立人の説明によると「昭和60年秋ころ、近所で殺人事件があって、相手方が心配して、申立人母子に笠岡に帰っておくように言ったので帰った」とのことであり、相手方の説明によると「申立人と相手方とはアパートの2階に住んでいたが、だんだん申立人の精神状態がおかしくなり、「夜ベランダを人が歩いている」とか「狙われている」とか変なことを言うようになり、おまけに1階の住人と終始トラブルを起すようになった。昭和55年に現職警官の強盗事件があったあと、綱紀粛正の雰囲気が強まっていた。おかしなことがおこっても困るので、帰らせることにした」とのことであり、双方の説明が一致しない。

〈4〉  別居後の双方の生活

(イ) 申立人

申立人は昭和60年秋に長男をつれて笠岡の実家に帰ったが、同62年2月3日から同年3月7日まで不眠症で○○大学病院精神科に入院し退院後も別居のままであった。申立人はアルバイトの仕事をするほかは、家事・育児をし、相手方から8万円の送金をうけて生活していた。

(ロ) 相手方

昭和62年ころ、相手方は、○○警察署に転勤になり、長距離通勤になった(早朝家を出、夜遅く帰宅する毎日であった)。警察署内の仕事は、人事・教養福祉厚生・監察・給与・表賞など管理部門が主だった。

平成元年11月、タンスの冬物と夏物の入れ替えをしていて突然激しい腰痛に襲われた。近くの○○○○病院で診察をうけて腰椎骨折をしていることがわかり、平成元年11月11日から平成2年1月27日まで同病院に入院した。

以下入退院の経過及び病名は別表1のとおりである。

相手方の最初の入院の際、申立人は計6回相手方を見舞ったことがある。平成元年11月12日の見舞いのときは、相手方がベッドに寝たままで、大小便も寝たまま、とってもらうような状態であった。

申立人の前記6回の見舞いは、いずれも2~3時間病院にいる程度であったし、相手方は、その都度、新幹線料金など旅費を申立人に渡していた。

平成2年3月の再入院以後、申立人は一度も相手方を見舞っていない。それは、申立人が来ると看護婦とトラブルを起こしたり、生活費のことばかり言うので、相手方が「病院に来るな」と言ったからである。

この2度目の入院のころ、住所地からの○○署への通勤が大変なので、相手方は申立人に対して、「○○署の近くに家を借りて、一緒に生活しよう、お母さん(申立人の母)もこちらに来ればよい」と提案したが、申立人はこれを拒否した。

それにつき申立人は「申立人の母が、申立人と相手方とが同居生活をしたら、また申立人の精神状態が悪くなるのではないか、と心配して、同居に反対したこと、申立人が○○大学病院の精神科の医師に、相手方の性格等を説明した上で相談したところ、同医師が同居に積極的でなかったこと、子供のことで教育委員にも相談した(申立人)が積極的に同居を勧められなかったこと、などの理由で同居を拒否した」と説明し、相手方によると、申立人とその母は、相手方が単身赴任しているものと認識していること、同居については、「姫路には帰らない。子供も帰らないと言っている。母を置いては行けない」と申立人が回答したこと、などから、相手方は、申立人が夫よりも、母を取ったのだ、と判断した。

しかしながら相手方はその後も、8万円を毎月送金し続けたが、金のやりとりのほかは夫婦間の交流が途絶えるに至った。

なお相手方は平成4年6月25日を最後に、いったん退院して、定期的に通院するほかは、実家(○○郡○○町)に身を寄せて、本件や離婚調停(平成×年(家イ)第×号)を進めたい、とのことであったが、再び骨折していることが判明して、また入院する予定である。

従って、姫路市○○○×××-×○○アパートを生活の根拠として、入院生活となる見込みである。

〈5〉  送金額を4万円に減額した事情

相手方は別居以来ずっと月額8万円の送金を続けていたが、(この事実について争いはない)相手方が入退院を繰り返しており、送金事務さえままならないときもあるのに、少し送金が遅れると申立人は相手方に電話で督促するのみならず勤務先の○○署にも電話したりした上、更に平成3年8月には相手方の兄嫁の職場である○○○○○に行くなどしたので、相手方は申立人が妻としての協力義務を一切果たしていないのに、金のことばかり言ってくるので、それ以後は養育料のみとして月額4万円を送ることにした。4万円の送金は、現在も続けている(なお4万円に減額した時期を、申立人は平成3年春としているが、相手方の陳述の方がより具体的であるから同年8月と認める)。

〈6〉  経済状況

(イ) 申立人

申立人と相手方との長男A(○○○○小学校3年)と申立人の母との3人の所帯である。

住宅は、養母所有の家に居住している。

収入としては、養母の年金2ヵ月で65、000円(月額32,500円)(平成3年月額30,300円)。申立人の○○生命外交員としての収入が、平成3年6月1日から稼働で、7ヵ月分の実績でその総収入が983,417円。

申立人は極めて積極的に、忙しく働いており、現在営業主任補、更に副営業主任の地位につけたそうだ、とのことで収入には流動的な要素がある。

なお、申立人所帯の毎月の生活の必要額(支出)は18万円前後である。

これに対して、平成4年4月の手取り収入(家計に入れる金額)は12万円だった。(申立人)

(ロ) 相手方

現在休職中であるが、互助会がらの補填があるので、一応額面どおりの収入がある。

しかし、こうした休職状態でいつまでやっていけるものか不安定な要素が大きい。失職ということになれば、現在の体調からいって、再就職は困難であり相手方の収入については、ある程度失職に備えた貯蓄を当然経費として認める必要がある。

互助会からの補填も含めた給料等として平成3年分の総収入は7,001,597円であり、実際の手取りは、平成4年4月分で、95,000円とされているが、この控除の明細は不明確である。

一般に、相手方はちょっとした外傷でもすぐ骨折に結びつくという状態で、歩くのさえ慎重にゆっくり歩くしかなく、かつ、歩けないほどなので、こまかい資料提出に応ずることができにくい。

(2)  以上各認定事実に照らして検討するに、申立人と相手方は昭和56年6月1日の婚姻以降現在まで約11年間の内、わずかに3年半の同居しかなく、しかもここ7年間別居のままで、その間、相手方は重い病気にかかり、入退院を繰り返しているにもかかわらず、かつ、相手方が同居を求めたのに申立人がこれを拒否し、相手方は一般に申立人から妻としての協力を全く受けておらず、最も切実に妻の助力を要した時期にもなおこれを受けていない。既に夫婦間は回復しがたいまでに破綻しているものといえる(このことは申立人も認めているところである)。また現に相手方から離婚調停の申立てもなされており、申立人も婚姻費用分担額如何によっては離婚も考えると述べている。

従って、このような場合婚姻費用として子の生活費のかかわる部分のみを義務として課するのが相当であり、申立人の生活費にかかわる部分は認めないこととする。そしてその子の生活費に対する相手の義務額は別表2記載の計算のとおり平成3年9月1日以降月額金47、000円と定めるべきである。

3  結論

よって、相手方は申立人に対し、婚姻費用分担金として現に月額4万円の送金を続けているから本件申立のあった平成3年9月分から平成4年8月末日までの1年間の差額84,000円(7,000円×12)を即時に、平成4年9月1日以降当事者の離婚又は別居状態の解消まで毎月金47,000円を毎月末日限りそれぞれ支払う義務があるから主文のとおり審判する。

(家事審判官 大西リヨ子)

別表1〈省略〉

別表2

婚姻費用分担額について

1 試算の原則

(1) 労研方式を用いて、まず別居中の現在の生活水準を算出して、次いで仮に同居した場合には当事者らがどのような生活を期待できるかを算出し、その差を婚姻費用分担額とする。

2 申立人世帯の現実の生活水準(相手方からの4万円の送金がないものとして)

申立人世帯は申立人、申立人の養母(真実は生母)、申立人の長男の3人の世帯である。本件生活費算定上申立人の養母を長男と同等の家族構成員として算入するのは、申立人と養母とは母一人子一人として終始生活を共にしてきたもので、現在は養母は、月3万円余の収入しかなく養扶養状態にあり、かつ、申立人が働いているので養母が長男の監護や家事一般の一部を分担しているからである。

申立人の月収(生活費)は、公租公課・職業費を控除して、(円未満四捨五入)以下同じ

{983,417(収入)-67,080(社会保険料)+14,300(還付所得税)-9,500(住民税)-(983,417×0.15)}(職業費)÷7(6月1日から7カ月分) ≒ 110,518円

申立人の養母の昨年実績収入(年金)から月額を算出し

363,600÷12 = 30,300円

従って、申立人世帯の生活費は合計140,818円(110,518+30,300)である。

労働科学研究所発表の総合消費単位によれば

申立人 既婚女子軽作業 90

養母 60才以上既婚女子主婦 65

長男 小学校3年生 55

従って、

申立人の現実の生活水準は、140,818×90/(90+65+55) = 60,351…………〈1〉

長男 〃140,818×55/(90+65+55) = 36,881…………〈2〉

養母 〃140,818×65/(90+65+55) = 43,581

3 相手方の現実の生活水準

相手方は、単身生活である。その一般的生活費は、

(1) 収入(総支払い金額)7,001,597円

(2) 公租公課

312,000 + 693,425 + 246,200 = 1,251,625円

(所得税)(社会保険料)(住民税)

(3) 家賃等

家賃について資料提出が得られていないので相手方の陳述によると、

家賃 41,500円 駐車場料金 1,500円 町内会費 500円

合計 43,500円であるから、

43,500×12 = 522,000円(一年分の家賃)となる。

(4) 職業費

申立人は、警察官ではあるが休職中で、実際上仕事がすみやかにできるようになるとは思われない。しかし、在籍している以上一定の職業上の交際、経費が皆無といえないから3%程度の職業費をみとめるべきである。

よって、その額は一年分210,048円(7,001,597×0.03)となる。

(5) 相手方の病気に対する考慮(諸経費等)

本件相手方の場合、入退院を繰り返しており、平成3年8月1日から休職の身分であり、その生活の基盤は極めて脆弱なものと言わざるを得ず、失職後の不安は大きい。

従って、総収入の3割程度を、入通院にともなう諸経費も含めて、医療関係経費・予備費とするのが相当と思料する。

よって、その額は2,100,479円(7,001,597×0.3)

(6) 以上により相手方の一般的生活費は、月額で、

(7,001,597-1,251,625 -522,000-210,048-2,100,479)÷12 = 243,120円

(総収入)(公租公課)(家賃等)(職業費)(諸経費等)  (生活費月額)

4 婚姻費用分担額

相手方は、申立人の養母に対する扶養義務を負うものではないから、申立人、相手方、長男の3人が同居したと仮定した場合

相手方の生活費 243,120円

申立人の生活費  60,351円(前記2、〈1〉)

長男の生活費   36,881円(前記2、〈2〉)

を合計した額、340,352円が、親子3人の生活費と認められる。

相手方は、この場合既婚男子軽作業以下100の総合消費単位に加え、単身生活に伴う経費増を、身体が思うように動かないことによる不便を考慮して30を認め、相手方の総合消費単位を130とする。(この指数は生活中心者でない単身未婚男女130、とされることからして、不当ではないと思料する。)

(1) 婚姻費用の内、未成熟子扶養にかかわるもの。

申立人、相手方、長男が同居したと仮定する場合、長男に保証されるべき生活水準は、

340,352×55/(130+90+55) = 68,070

この68,070円の長男の生活水準を、申立人と相手方は、それぞれ自分の収入の内一般的生活費に充当できる能力に応じて分担するべきであるから、

申立人の義務額は

68,070×110,518/(243,120+110,518) = 21,273

相手方の義務額は

68,070×243,120/(243,120+110,518) = 46,797…相手方の義務額

(2) 婚姻費用の内、妻の扶養にかかわるものは本件のような場合は認めないのが相当である。

(3) 相手方の申立人に対する婚姻費用分担金は以上の計算を基にすると月額金47,000円と定めるのが相当である。

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